2022年5月27日 (金)

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世代を超えた繋がりで、支え合っていく−匹見で女子会談話−


中国山地を代表する、豊かな自然と縄文時代の遺跡が多く残るまち、匹見町。
もしかすると、”過疎発祥の地”というフレーズ
から、人口減少や少子高齢化の最前線地域としてのイメージをお持ちの方もいらっしゃるかもしれません。

このように、どうしても地域を知る上で、その地域課題が先行してしまうことが多い中で、こちらの記事では、”匹見町の暮らし”について紹介していきます。

今回このテーマについてざっくばらんにお話くださったのは、
幼少期から地域をずっと見つめてきた、籾田幸枝さん。
雄大な自然に魅せられてIターン移住した5人家族のお母さん、湟川千恵さん。
そして、”社会教育コーディネーター”という職種を通じて、偶然にも匹見と出会った、東島今日香さん。


世代も、地域との関わり方も違うお三方の視点からは、新たな匹見町の姿を垣間見ることができました。


今回の主人公
湟川千恵
さん
広島県出身。10年前に家族でIターンして以降、匹見川のほとりの古民家にて「自分でなんでもかんでも作る」暮らしを実現化してきた。3人の子どもたちが通う匹見の学校には、仕事柄出入りすることが多いそう。

籾田幸枝さん
匹見上地区で生まれ育ち、昭和44年にUターンして以降は、地域をまっすぐ見つめてきた。長年農協職員として務めた後、夫が始めた籾田農園の手伝いや、JA女性部の活動など、地域をフィールドに様々な場で活躍してきた。

東島今日香さん
神奈川県出身。大学卒業後の2021年春、匹見初の社会教育コーディネーターとして着任、益田市に移住した
。日々学校と地域を往還しながら、オンリーワンの視点で匹見町を見つめ、自分なりの関わりしろを開拓している。


 

初会合!

− 今回は、千恵さんのお力で、匹見に住む3世代の共演が実現しました。ありがとうございます!

千恵さん
無事実現してよかった〜!
幸枝さんは、移住当初からいつも親のように見守り、応援してもらっている、まるで”匹見のお母さん”。それに、手作りされるものも全部美味しくってね!いつも勉強させていただくことばかりで、憧れの存在でもあります。
そして、今日香さんは2021度から匹見小中学校にいらっしゃってから、お世話になっていますね。

 

今日香さん
こちらこそ、千恵さんとお子さん達には、日頃からたくさん支えていただいています。今回はこういった機会をいただけて、本当に嬉しいです!

 

千恵さん
そうそう、二人にぜひ出会ってもらいたいと思ったのはね、単身で益田に来られていて、不安なこともあるだろう今日香さんにとっても、そんな繋がりが匹見で生まれたら、と思って。

 

− 慣れない土地に越してきた身としては、地元の方とのご縁は本当に心強いものかと思います。対して、幸枝さんにとっては、Iターンの方との交流について、どのように感じていますか?

 

幸枝さん
Iターンの人はね、いろんなことに興味を持ってくれてるから、助けてあげたいな、と思うかな。甘えてもらえるのも嬉しいよ。

 

千恵さん
私と幸恵さんとの接点もね、初めは移住してすぐの頃に、Iターンの友人達と一緒に味噌作りを教えてもらったことがきっかけ。機材の扱いに慣れていないことを心配して、わざわざ時間を作ってもらったんですよね。

 

幸枝さん
大きい圧力鍋を使うから、気をつけていないと事故が起こりかねないからね。


− そんな幸枝さんに、私がまずお聞きしてみたかったのは、昔の匹見町の様子。今振り返ってみて、パッと思い起こされることを教えていただきたいです。

 

幸枝さん
そうね、人も子どもも今と比べたら多かったよ。小学校の同級生は100人近くいたと思う。

 

今日香さん
え〜そんなに!!今は小・中学校合わせて19人です。
当時はどんな学校生活を送っていたんですか?

 

幸枝さん
そうねぇ。冬は、教室ごとの薪ストーブで暖を取っているような時代。特に匹見では林業が栄えていたから、生徒一人ひとり、決められた分の薪を家庭内で用意する制度だったと思うよ。

 

今日香さん
当たり前のように家庭ごとに薪があったのですね!
今では中々想像がつかないです・・・

匹見で生まれた新しい役割。超小規模学校と地域を繋ぐ

− 対して今日香さんは、2021年度から匹見の学校に携わっている”社会教育コーディネーター”さんなんですよね。

 

幸枝さん
仕事ではどんなことをしてるの?

 

今日香さん
学校と地域の想いを両者に伝えて繋げる、いわば”翻訳者”や、”メッセンジャー”のような役割かな、と個人的に考えています。
具体的には、小中学校の職員室に席を置きながら、日々先生たちや校長先生だけじゃなくて、公民館や匹見中のあらゆる自治会とか、生き生きクラブとかに顔を出したり、という感じです!

 

− 忙しそう・・・!匹見1年目にして、多くの吸収があること間違いないのではないでしょうか!

 

今日香さん
毎日濃密な学びで”頭がブロッコリー”状態です。(笑)
1日のうちに色々な場に出向いて、色々な方と関わるのですが、どこにいくにも仕事っぽくしたくないなと、いつも思っています。一個人の、『きょうちゃん』として関わりたいです。

 

千恵さん
私は学校で時々会うんだけど、本当に今日香ちゃんは生き生きとしてる!子どもに対してもフラットで、とっても好かれていることがすごく伝わるよ。

 

今日香さん
本当ですか〜!!子どもたちが本当に可愛いですし、先生たちの雰囲気も相まって、学校全体がこんなにあったかいことは、なかなかないだろうなと思います。私が知ってるところと比較してもすごく稀なのかな、と!

− 千恵さんは保護者として、学校現場や今日香さんの姿を近くで見ていらっしゃるんですよね。

 

千恵さん
うんうん。今日香ちゃんはすごいよ。
この新しい学校の制度への移行期間で、地域と学校の連携にどうしても目が向けられてしまう気がしていたんです。けれど今日香ちゃんは、先生たちが考えきれないような授業外のことまで、生徒たちのことを考えてくれて、実際に動いてくれています。
だから、親として本当にすごくありがたいなぁといつも思っていますよ!



今日香さん
そうやっていつも皆さんが価値付けしてくれるので、やってこれていると思います!こちらこそとってもありがたいです。

 

− 今日香さんは、赴任してからもうすぐ一年が経ちますが、匹見での活動を振り返ってみていかがですか?



今日香さん
やはり、この1年間地域や学校を見ていて、変わった部分は多いと思います。最初は学校で「やりたいことある?」って聞いたらあまり手が挙がらなかったので、(本当はコーディネーターとしてはやりすぎはよくないんですが、)私の方が率先してアイデアを出したりしていたんです。

最近は子供たちはもちろん、地域の大人からもどんどんアイデアが出て来るようになって、それらをもとに色々な催し事をしましたし、学校と地域の両者に、お互いに対する目線が生まれているような気がします。
初めの頃は確信がなかったんですが、皆さんの支えがあって、少しずつ自分の役割を信じられるようになってきたかもしれません。




匹見小学校のわさび学習の一環で子どもたちが考案した”わさびレシピ”。こちらを公民館活動として実際に作り、地域の人に宅配するプロジェクトを行った。

千恵さん
そうやって頑張ってくれているところを見て、私も保護者として何かしら協力したいなと思っているところなんです。


− 幸枝さんは、なかなか直接学校との関係がないかと思いますが、いかがですか?

 

幸枝さん
匹見で何かしらつながりがないということはないからね、直接知らなくても、「ああ、あの家のあの子か」って。だから、子どもたちが何か活動してるとなると嬉しいなあと思うよ。

 

千恵さん
高齢化と共に、どうしてもお年寄りの方々は特に一つの場に集まりにくくなってしまって、学校と地域が離れてしまっているように感じられるけど。私が住んでる集落の皆さんも、うちの子どもたちのことをすごく気にかけてくれてるっていうことはよく感じる。

 

幸枝さん
でも、コロナも相まって、お年寄りの皆さんとわざわざ外に出て集まる理由が無くなってきちゃったのは、すごく寂しい。
昔は、町全体で色々な動きが活発だったんだけど・・・。

「やりたいことはまだまだあるけれど・・・」高齢化の現実

− これまでの話の中でも、少子高齢化を肌で感じるようなエピソードが挙がっていたかと思います。特にずっと匹見に住んでいらっしゃる幸枝さんには、今の現状はどのように感じていますか?

幸枝さん
私は、農協職員として勤めた後、JA女性部の活動にも20年以上携わっていたんだけど、とうとう後継者が見つからなくて、ちょうど数年前、活動が終わってしまったんよ。寂しいよねぇ・・・。
本当は、こじんまりでもいいから続けたかった。

 

 

− JA女性部、というと具体的にはどういった活動をされていたんですか?

 

幸枝さん
農家の女性の地位向上を図るためにっていう名目で立ち上がったのがJA女性部。
だから、みんなで集まっては加工品を作ったり、体操をしたり、福祉施設へボランティア活動をしに行ったりね。先生を呼んで料理教室や手芸教室をしたこともあったよ。
私は、JA女性部の会長を長年やっていたから地域内外で色々な繋がりができたし、楽しかったんよ。

 

− 長年、役職を変えながらも精力的に活動されていたんですね。

 

幸枝さん
本当は作るだけじゃなくて、それを商売にするっていうことをしたかった。

少し前まで、匹見峡温泉の市場では、みなさん活発に野菜とかを売っていらっしゃって、すごく賑わっていたのよ。
そういうことが、これからもみんなでできたらいいのにな、製造できる場があったらいいのにな、と思っていたんだけど・・・。

 

千恵さん
みなさん、作って販売するのが、生きがいだったでしょうからね・・・。

 

幸枝さん
女性部はなかなか私だけでは動かせないことも多くなってきて、結局は活動を終えてしまったんよ。自分で背負うには、体がついていかなくてね。

 

今日香さん
地域の活動を行っていく上では、高齢化によってできなくなっていく活動がどうしてもあるのだなと、私も日々感じます。
特に力のいる作業や長い時間がかかるものは段々厳しくなってしまいますよね。

 

千恵さん
そうねえ。でも匹見の方々は、みなさん何をするにも長けていて、胸の内では、やりたいことがある方々ばかりなんです。
ただ、縁の下の力持ちならなんでもやるっていうスタンスで、「チームを組んで欲しい、一緒にやろう」っておっしゃることが多いかも。

 

幸枝さん
そうなのよねえ、私もやりたいことはまだまだあったけれど、全部やる訳にもいかない。大変に思う気持ちは少し分かる。けど、なんとかならないものかね…。

 

−  役割分担、といったらそうなのかもしれないですが、少ない人口の中でやりくりするというのは、いかに大変なことか、今のお話を聞いていて理解度が深まった気がします。

お三方が地域の中ですごく頼りにされている分、人手不足の現状に不安を感じる部分が多いのかもしれません…。

 

だからこそ今、心の拠り所となるような繋がりが必要

千恵さん
少し矛盾するようだけど、だからこそ今日のような繋がりはすごく貴重なんじゃないかなって思っているんです。人との出会いはやっぱり、何にも変えられない。匹見に来てよかったなと思えることの一つなので・・・。

 

幸枝さん
つながりは宝よ。本当に。

 

千恵さん
私が移住した当初は、同じIターンの方がもっといたんだけど、色々な止むを得ない理由で引っ越してしまったんです。けれど、幸枝さんのように安心して話せる方が一人でもいたから、安心して過ごせています。

 

幸枝さん
味噌作りも一人でできるけど、みんなでやるからこその楽しみがあるよね。こうして一緒にお茶をしたり。

 

− 今どき、一人で楽しめる娯楽はどんどん増えていますし、高齢化や人口減少に伴って、田舎こそ繋がりが希薄になってしまう、という事も耳にします。
そういう意味では、心の拠り所となる関係性があるかどうかが、実は重要になってくるのでしょうか?

 

千恵さん
そうそう、それには年齢も関係ないはず。だから、今日香さんには匹見にいる間に色んな人に出会って欲しいなと思って!

 

今日香さん
それは是非紹介していただきたいです!
今回の幸枝さんとの出会いも、千恵さんが繋いでくださいました。人が人を繋いで広がっていくことを実感しています。でも、まだまだもっと素敵な人がたくさんいると思うので、もっと繋がりたいですね!                

 

− むしろ、世代を跨いだ関係だからこそ、昔から伝わる色々な調理方法を教えてもらえたりもしますよね。

 

千恵さん
そうそう!私は味噌作りだけじゃなくて、マヨネーズの作り方など、たくさん教えていただいてます。

地域をどう存続させるかっていう問いには、なかなか簡単には答えが出ないけれど、こうやって誰かが勝手に好きだっていう気持ちで受け継がれる形が、もしかしたら理想的なのかなと思ったり・・・。

 

− 確かに、「郷には郷に従え」とはいいますが、「好き」っていう気持ちが一番エネルギーを持っている気がします。

 

千恵さん
うんうん、義務感というより、「この人の味噌づくりを知りたい、受け継ぎたい!」とかって。



今日香さん
伝統ってそうやって受け継がれてきたんでしょうね。

お二人の想いが子ども達や、別の地域の人へと広がっていくのがワクワクします!

取材:一般社団法人豊かな暮らしラボラトリー
文責:益田市連携のまちづくり推進課

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