2021年3月17日 (水)

益田のひとづくり益田20地区,種おしらせ地域づくり

都会から飛び込んだ”未知の世界”、そしてこれから

益田20地区を巡る 種地区編

 

「さくらと蛍と神楽の舞うふるさと」というキャッチコピーで知られる種地区。

毎年200人以上の賑わいを見せるさくら祭りが目玉であり、また明治から続く伝統を受け継ぎ、市の無形文化財に指定されている種神楽も、多くの人を魅了する。

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今回の主人公は、このような中山間地域ならではの四季折々の風景に囲まれながら暮らす、穴田 亮二さん。

元々は兵庫県で都会暮らしを営んでいたが、あることがきっかけで心機一転、益田にIターン移住することに。

今では介護施設・梅寿会で働きながら地域活動も盛んに取り組む、”種の人”として暮らしている。

「初めは島根のイメージすら分からなかった」という穴田さんが、益田という「未知の世界」 に飛び込んだことで何を感じたか、3人のお子さんに恵まれた現在のリアルな”益田暮らし”、さらに 種地区で生きていくことについて伺った。

 

自然溢れる、益田という ”未知の世界” へ

穴田さんが育った故郷は、兵庫県 宝塚市。

幼少期からの記憶で特に印象に残るのは、マンション街・マンモス校・ショッピングモール・コンビニ・深夜のラーメン屋さん…。たくさんの人や物に囲まれるような、いわゆる都会で育った。

結婚後もこの日常生活はほとんど変わらず、そのままずっと平凡に続くように思えたそんな時、奥様の出身地である益田への訪問が転機となった。

「大阪から飛行機で萩・石見空港に向かう時、日本海の上をぐる~っと周回して入っていったんです。それがたまたま、天気がよい日でした。その時に、窓からちょうど見えた日本海がとてものどかで… 素敵な場所だと直感的に思いました。」

もともと、アウトドア派でスノーボード・サーフィン・釣り・テニス・野球など、自然の中で過ごすことが好きだった穴田さんにとって、風景の何もかもがとにかく新鮮に映り、また魅力的に感じたそう。

 

一体益田では、どんな時間の流れ方をしているのだろうか。

 心機一転、”未知の世界”に飛び込んでみたい。

いつかこのような田舎に住んでみてもいいのではないか。

 

徐々に、そんな興味が芽生え、移住を決心したのは、それから間もないことであった。

「中々勇気がいる決断ではあったけれど、働き口など現実的なことを考えると、30代の今しかないのかもしれない、と思い決めました。」

 

生活してはじめて知る、”田舎暮らし”の姿

こうしてその後巡り合わせで紹介された種地区の住居にて、初めての”田舎暮らし”が始まる。

しかし、当時は知り合いもいない、右も左も分からない状態…。

「関わりのなかった土地に飛び込んでからは、不安でいっぱいで、いつも”ひとりぼっち”という感覚がありました。」

全てが新しい ”未知の世界” で、穴田さんは、想像していた”田舎暮らし”とはまた違う一面を発見していく。

 

まず穴田さんが衝撃を受けたのは、”地域活動”。

種地区に新しく迎え入れられたと同時に、地域の大人が活動する消防団に誘われ、受けてみたことが全ての始まりだった。

消防団の主な活動は、地区全体のパトロールに始まり、災害時の呼びかけや救出にまで及ぶため、結果的には地区全体の人と繋がるきっかけになる。

すると、それから地域の中心的メンバーが集う「種カラオケ・ソフト会」にも加わることに。地域の催しの設営・運営も手伝ったり、(新型コロナウイルス蔓延以前は、)夜な夜な種の未来についてやそれぞれの事業の相談をし合うような会合にも参加するようになったことで、さらに種地区内の輪が広がったそうだ。

このようにして、移住当時に感じていた”孤独感”は、人との繋がりによって少しずつ和らいでいったという。

「現在は、高齢者の方に1人の人として向き合って居場所をつくることにやりがいを感じながら、介護士の仕事をしています。」

 

仕事、そして地域活動を通じて、多くの人に必要とされ活躍する穴田さん。

この慌ただしい日々の中で、”種暮らし”の今後をどのように思い描いているのだろうか。

 

「種で生きる」のこれから

「家庭を持った今、僕が育った環境とはまるっきり違う場所で3人の子どもの子育てをする中で、3人の子どもたちにとってどんな環境がいいのか、と心配することも多いです。」

それもそのはず。

穴田さんが経験した団地暮らしやマンモス校にあった環境とは対照的な種地区では、著しい少子化により地区の小中学校がどちらも廃校しているため、地区の子どもたちはスクールバスで市街地の学校に通う。

それでもこの地区で暮らす以上、子ども同士・親子同士の交流を継続させるべく、地区内に住む子どもを持つ数世帯が中心となって「種子ども会」の活動が行われており、近年では、季節の行事を執り行ったり、地域のお祭りで屋台を出したりなど、日ごろの活動の運営も含め多岐に渡る役割を担うそうだ。

 

「子ども会を通して、地域の子どもたちに何ができるのか模索しながら、地域のつながりを活かしたいなと思います。

また同時に、家族を大切にしながら地域のために何が出来るのか、地域の将来や子どもの未来などについて、考えることは多いです。」

高齢者にとっての心の拠り所を創ることや次世代にとってのふるさとを繋げること。

数少ない若い地域の担い手の一人として、また3児の親としての役割とは何かと向き合いながら、穴田さんは種地区を背負う若い世代の一人として、地区の未来を問い続ける。

 

取材:一般社団法人 豊かな暮らしラボラトリー
文責:益田市人口拡大課

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