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2026年3月6日 (金)

仕事,働くひと益田出身の方生きがい

「UIターン者のライフキャリア」三浦智美さん

UIターン者のライフキャリアシリーズでは、県外からUIターンされ益田市でいきいきと生活されている方を紹介し、自分なりの豊かな暮らしについて考える機会をお届けします。今回紹介するのは、益田市の文房具店・文華堂(ぶんかどう)の代表・三浦智美(みうら・ともみ)さんです。

 

家族とともに絵や詩に親しんだ幼少期

-本日はよろしくお願いします!最初に、自己紹介とこれまでのご経歴を教えていただけますか?

三浦智美です。益田市の遠田出身です。安田小学校から東陽中学校、益田高校と進学し、デザイナーを志して京都造形芸術大学(現・京都芸術大学)に通うため、一度益田を離れました。大学卒業後は大阪でデザイナーとして4年勤めたのち、家業である文華堂で働くため2012年に益田にUターンしました。その後、2025年に母から引き継いで、代表取締役社長に就任しました。

-大阪で働いていらしたんですね。幼少期はどんなお子さんでしたか?

マイペースで、のんびりした性格の子でしたね。日中は祖母と二人で過ごすことが多かったのですが、祖母の趣味が絵手紙で、私もその隣で同じように花をスケッチしたり、女の子のイラストを描いたりしていました。

また、母が絵本をたくさん読み聞かせてくれた影響か、5歳の頃には母と一緒に絵本を作ったこともあります。自分が描いた絵に言葉を添えてそれを母が一冊の本にしてくれたんです。

 

デザインを仕事にしようと芸術大学を受験

-先ほど、デザイナーとして最初は働いていらっしゃったとお伺いしましたが、高校時代には将来についてどんなことを考えていらっしゃいましたか?

物心ついたときから自分は芸術やものづくりの分野の仕事に就きたいと思っていましたが、デザイナーをはっきり意識したのは高校時代だったように思います。芸術大学に入ることを目指して、美術部や高校の外にあるアートスクールでデッサンなど受験対策をするようになりました。

京都造形芸術大学を選んだのはオープンキャンパスがきっかけです。アートスクールの先生や先輩の勧めで行ってみたところ、一発でノックアウトされました。足の指にネイルしたり、髪を腰まで伸ばした男性を見たときの衝撃(笑)「なんて自由なんだ!」と。ここなら自分は成長できると思えて、AO入試で晴れて合格し入学しました。

-芸術系の大学のAO入試というとあまりイメージが沸かないのですが、どういった試験を課されるんですか?

個人課題やグループワークなど2日間通していろんな試験がありました。印象深いのは『ハプニング』というテーマから思いつく絵を100枚描く、というもの。まるで大喜利です(笑)

私が志望した情報デザイン学科のコミュニケーションデザインコースというのは、卒業後に広告代理店や出版社へも進路が開かれていたので、そういった発想力を測るものが多かったのかなと、後になって思います。

思いつくまま自由に表現していいというのがとても心地よく、試験ではあるんですが、楽しい思い出として残っています。

 

本質をわかりやすく伝えたい。デザイン観を揺さぶられた芸大時代

-実際に大学に入られてからはいかがでしたか?

見えていた世界が大きく変わりましたね。最初は自由で華やかなイメージのデザイナーという職に漠然と憧れて、でもデザイナーがどんな仕事なのか正直よく分かっていなかったんです。

でも第一線で活躍する講師の方々の授業を受けたり、個性あふれる友人たちと話す中で、少しずつ自分の考えが変わっていきました。

表面的なことばかりに気を取られず、物事の本質をつかむことの大事さについて考えるようになりました。デザインには必ず意図や意味があって、それを伝える相手がいる。おもしろい・美しいビジュアルの奥には強いメッセージがあって、それが伝わるとき人のこころを動かせること。

この濃い4年間で学んだことは、今でもお店づくりをする際、自分が意識して大事にしていることのひとつでもあります。

-単純なビジュアルとしての良さだけでなく、いかに本質を伝えられるかどうかが大事ということに気付かれたんですね。その後、大阪で仕事をされるようになった経緯や、仕事内容について教えていただけますか?

会社説明会で、魅力的なカタログや美術展のポスターを作っている印刷会社に目が止まって。プレゼンされていたのが大学のOBの方だったんですが、とにかく生き生きされていて、ビビビッときました。自分は本当にフィーリング人間なんです(笑)

採用後はデザイン企画部に配属され、クライアント企業のカタログやポスター、パンフレット等を制作する仕事をしました。印刷会社ということもあり、紙の質感や印刷技法にこだわって制作させていただいたのはいい経験になりました。

クライアントにはインテリア関連の企業さんが多かったので、写真集のようなカタログをつくることもありました。カタログ撮影には同行して、カメラマンさんやスタイリストさんの仕事ぶりを間近で見せてもらえる機会が多かったので、文華堂のInstagramの撮影はこの時の経験が活きていると思います。

やりたかった仕事を、憧れの職場でできているということもあり、もうしゃかりきに働きましたね。決められたスケジュールのうちでいくつも案をつくったり、デザインが納得いくまで画面とにらめっこしているので、終電帰宅は当たり前。泊まり込みで働いている猛者もいました。

当然、私生活は後回し(笑)当時の支えは一緒に働くデザイナー仲間たちでした。そういった尊敬できるメンバーとチームを組み成果物をつくる日々には充実感がありました。

 

デザイナーを経てUターン。こだわりが詰まった文房具店で働く

-必死に働く日々を「楽しい」と思えるくらい、やりがいのあるお仕事だったんですね。その後、益田にはどういった経緯で戻ってこられたのでしょうか?

そんな非人間的な働き方はやっぱり長続きしませんよね(笑)仲間たちはそれぞれ自分の道を見つけて、徐々に辞めていきました。自分もこのままこの働き方を続けられるんだろうかと思っていた頃、東日本大震災が起こり、改めて自分の生き方を見つめ直すようになりました。

ちょうどそのタイミングで、母から”文華堂の旧店舗を建て直すから手伝ってもらえないか”と声をかけられました。実はお店作りにとても興味があったので、渡りに船、という感じで退職しUターン。

リニューアルオープンに向けての準備をすることになりました。母は私のやりたいことをずっと応援してくれていて、お店を一緒にという話はそれまで出たことがありません。だから当時はこのお店を継ごうということまでは考えていませんでしたね。

-初めから考えていた道ではなかったんですね。お店のお仕事は実際にされてみていかがでしたか?

デザイナー時代感じていたことの一つに、自分の仕事が実際にどう受け止められているのかが見えにくく、誰のために作っているのかが分からない、ということがありました。企業の担当者さんには喜んでいただけても、実際に手に取る方が果たして喜んでいるのか、顔を見ることができなかったんです。

お店というのは、その点とても分かりやすくて。アイディアを練って売り場を作ると、すぐにお客様から「いいね」「かわいいね」という声が聞け、購入という形で反応がすぐ分かります。“喜んでもらえている”という手応えがやりがいになり、どんどんはまっていきました。

-文華堂を継ぐ、お店の代表となると決めたのはどういうタイミングだったんですか?

正直に言うとずっと悩んでいました。ものづくりをやってきた自分が経営をやれるのか、これから先も小売店は必要とされるのか。でも益田の地で80年も続いてきて、途絶えさせるのは惜しいし、それにこんなチャンスはなかなかないな、とも思ったんです。

後継者として自分のできること、やりたいことを表現する機会。それで、やれるだけのことを全力でやってみようと吹っ切れたのは、本当につい最近のことです。

-2012年にリニューアルオープンされたということですが、この10年間でどんな取り組みをされてきましたか?

私がお店に携わるようになって、特に力を入れてきたことが2つあります。ひとつは“発見がある売り場づくり”、もうひとつは“ものづくり体験が楽しめるワークショップ”。

「こういう使い方があるんだ」とか「これを暮らしに取り入れてみたい」とか、想像を巡らせながら物との出会いを楽しむのが、お店で買い物する醍醐味の一つだと思うんです。なので来てくださった方が少しでもそんな時間を過ごせるように、意識して売り場をつくるようにしています。

ワークショップは、ものづくりの楽しさを共有したいという思いでUターンしてすぐに始めました。お店の2階のスペースを利用したり、イベントに出店したりで、1年に2〜3回は開催しています。

参加してくださった方が、親子や友達と楽しそうに工作されている様子をみると、私もとても嬉しくなります。これからも続けたい取り組みですね。

-今は通販サイトで買い物をされる方も多いと思いますが、文華堂のような店舗型のお店だからこそできることや、やってみたいことがあれば教えていただけますか?

やっぱり、お店で買い物するのって楽しい!と思ってもらいたいですね。探して、見つけて、触って、試して、相談して。五感を使ってモノを選ぶ楽しさを味わえるのは、店舗ならではだと思います。

それから、コミュニケーションが生まれるのもお店の良いところですよね。普段お店に立っていると、本当にたくさんのお客さまに話しかけられます。単純に商品の質問から、暮らしのお困りごと相談までいろいろと。

会話だけでなく、売り場を通してもコミュニケーションが生まれるな、という出来事もありました。昨年、市内の中学校の授業に協力したきっかけで、シャーペンの投票コーナーを作りました。このコーナーは、中学生のアンケートに対する文華堂からのアンサーで、招待状も作って出して。

すると、たくさんの中学生や父兄の方が見に来られ、投票してくださいました。今後も体験と交流の場として、文華堂ならではの企画を考えていきたいですね。

 

お店を通して、「心を満たす時間」をつくりたい

-経営者としてお店に寄せる思いなどについてお話を聞かせていただけますか?

文華堂って、実は今年で創業80年なんです。これは本当にすごいことだし、ありがたいことだと思います。

文房具は小さいお子さんから年配の方まで、とても身近なものですよね。でも、文房具を取り巻く環境は変わってきていて。最近はとにかく効率が重視されて、コスパやタイパなんて言葉が飛び交っています。デジタル化がどんどん加速して、文房具はだんだんと旧時代的なものになりつつあります。それでも、手間ひまかかるアナログなものに心惹かれるのはなぜだろう、とずっと考えてきました。

これまでの取り組みから今思うことは、文房具って心や身体と密接につながっている道具のひとつなんじゃないか、ということです。手書きするときって頭をフル回転させて没頭したり、キラッとしたみた目やぷっくりした手触りに気分が上がったり。

買いもの体験やワークショップを通じて、そんな「心を満たす時間」をつくっていきたいと思うようになりました。

この地域で暮らす方々の心の栄養・小さな幸せに貢献できれば嬉しいですね。

-ありがとうございます。Uターンということで、益田への思いに変化はありましたか?

都会にも田舎にもそれぞれの良さがありますけど、私はやっぱり自然の中で感受性を刺激されることに喜びを感じるタイプなんだと改めて思いました。それが益田にはある、と感じられたんです。”益田に帰ってきてよかった”と最初に思ったのは、「空が広くてきれいだな」とか、「ちょっと葉っぱが色づいたな」と自然の豊かさや四季の移ろいを感じられたときでした。人間的な感覚が研ぎ澄まされていくような思いがしたんです。

益田を出た頃は”何もない”と思っていたけど、ここにあるものは自分には必要だったとUターンしてから思うようになりました。

-これから益田で暮らしていく上で、挑戦してみたいことはありますか?

お店を継ぐと決めたことが、最大の挑戦です(笑)自分の中心にはやっぱりものづくりがあるので、つくること・表現することは続けていきたいですね。

石見地方で古くから続けられてきたものづくりにも興味があります。地域にはたくさんの作家さんもおられるので、そういう方々とも繋がりながら、これから私が作っていく場がそういう文化的な基地の役割も果たせないかと考えているところです。

-最後に、益田の若い世代、これから進路を考えていこうという学生に対してメッセージをいただけますか?

なんでもいいので、自分にとって好きだと感じられるものを大切にしてほしいですね。どんどん掘り下げていって、ずっと持ち続けていたら、いつか必ず何かにつながったり、武器になったりします。

私も学生時代に学んだことが、今の仕事に生きていると感じるので、自分の「好き」と向き合うことに時間を使ってほしいな、と思います。

-貴重なお話、ありがとうございました!

文責:益田市地域振興課

文章:一般社団法人豊かな暮らしラボラトリー

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