UIターン者のライフキャリアシリーズでは、県外からUIターンされ益田市でいきいきと生活されている方を紹介し、自分なりの豊かな暮らしについて考える機会をお届けします。今回紹介するのは、益田市のケーブルテレビ局ひとまろビジョンの古瀬玄人さんです。
ひとまろビジョンは、島根県益田市を中心にサービスを提供する地域密着型のケーブルテレビ局です。地元のニュースやイベント情報を日々放映し、また、益田市の文化や歴史、学校の様子や日常の生活風景まで、多彩な番組企画を通して地域の方に発信しています。
情報に携わりたいという思いから、メディア業界へ
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-本日はよろしくお願いします!最初に、これまでのご経歴を教えていただけますか?
古瀬玄人です。松江市の出身で、高校を卒業するまでは松江市で過ごしました。島根県立大学への進学を機に浜田市に転居し、その後、県内外でいろいろな仕事をしてきましたが、2016年にひとまろビジョンに就職するため益田市にIターンしました。
-松江市のご出身なんですね。現在はテレビ局にお勤めの古瀬さんですが、学生時代からテレビ業界に興味があったのでしょうか?
テレビ局で働きたいという明確に意識していたわけではありませんが、もともと新しいものが好きでしたね。私が子どもの頃って、ファミコンのような家庭用ゲーム機が出たばかりで、みんながそういうものに夢中で……。でも、うちはゲーム禁止の方針だったため、私は新しいものに触れたいという思いを満たすためにテレビを見ていました。新しい情報を渇望する気持ちや情報を発信するということに対する憧れのようなものは、人より強かったと思います。
-様々な仕事をしてきた、というお話がありましたが、ずっとメディアに関するお仕事をされていたのでしょうか?
いえ、最初は全く別の業種に就いたんです。でもそこで働くうちに、やっぱり「情報に携わりたい」と考えるようになり、広告代理店で勤務したのち、動画配信をしている会社に転職しました。
動画配信会社に転職、アフリカまで単身取材に
-自分の興味のあるお仕事を模索されていたんですね。動画配信はその年代だとまだ新しいですよね…!
そうですね。たとえばウェブで、店長さんにインタビューし、その様子を生配信する…といったことをやっていました。まだ動画配信はそこまで普及していない時代でしたから、会社も私も、視聴者の獲得に一生懸命でしたね。
そこで注目度の高い企画を立ち上げようとなって、世界各地から配信しようということになって。私は何度、アフリカの世界遺産を撮影することになったんですよ(笑)
-アフリカへ!?それは会社の皆さんと取材に行かれたんですか?
1人でです(笑)
初めて訪れる場所で最初は不安もありましたが、意外となんとかなりましたね。鉄道もバスもない場所だったので車を借りて各地を移動し、予定していた世界遺産をカメラに収めていきました。
-初めてのアフリカに単身取材。新しい環境にためらわず飛び込めるのは古瀬さんの強みだと感じます。そのまま取材は順調に?
それが・・・・・・、順調どころか、砂漠で大事故を起こしたんです。運転に慣れてきたと感じた頃に、砂漠でハンドルを取られてしまいました。乗っていた車は横転し、ほぼ大破状態。周りには砂漠以外何もない。車通りもほとんど無いような場所でした。あのときは本当に怖かったですね。
-えええ!それからどうなったんですか?
本当にこれは運が良くて、たまたま30分も経たないうちにオーストラリアから観光に来ていた方が車で通りがかったんです。ずっと慰めと励ましの言葉をかけてもらって、いろいろな意味で、救われましたね。
ただ、少し前から転職や島根に帰ることを考えていたこともあり、この大事故を機に、島根に帰ることを決めました。
「番組見たよ」地域の方からの声がやりがいに
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-島根に戻ってすぐにひとまろビジョンでのお仕事に就かれたんですか?
はい、これまでの経験も活かせたらと思い、島根で映像関係の仕事をしたいと思って探したとき、条件と合致したのがひとまろビジョンでした。大学時代を浜田市で過ごしたこともあり、土地勘もあったので、すぐに連絡を取りましたね。
-テレビ局でのお仕事って、あんまり触れる機会がなくて……最初はどういうことから始めるんですか?
まずはニュースを適切に届けることが業務の基本になるので、取材の仕方やカメラの使い方から教わりました。次に編集で、私の場合は入社3~4年目のタイミングでアナウンサーとしてのあれこれも教えてもらいましたね。
-アナウンサーまで!なんでもされているんですね。
そこはケーブル局ならではですね。全国ネットのテレビ局ではアナウンサーがカメラも担当するなんてまずありませんが、ケーブル局は小規模ですし、柔軟に立ち回って番組制作をすることが多いんです。そういうことは承知の上でしたから、できるんだったら何でもやろうという感じで、いろいろな業務を経験させてもらって、いい経験になっています。
-ここにも古瀬さんの新しいこともまずやってみるという精神が表れていますね。ひとまろビジョンでのお仕事を実際にやってみていかがでしたか?
そうですね。自分が関与した映像について、「この間あの番組見たよ」とか「私映っとったわ〜」という反応がダイレクトに返ってくることに驚いたし、すごく嬉しかったですね。
それまでの仕事も情報発信に関わることが多かったわけですが、こんなに反応を実感できることはなかったんです。たとえば、自分が関与したパンフレットやポスターといった制作物が世に出ても、パンフレットを見た人の感想や、チラシが集客につながったかどうかはわからないことが多いんですよね。
そういう意味では、そういう声をいただけるというのは、本当に新鮮な体験でした。ケーブル局というのに加え、フレンドリーな人の多い土地柄もあるのかもしれません。「子どもが映ってたので録画を何回も見返しています」と言う声が寄せられることもあり、「自分が作ったものが何年か後も残るんだ」と思うと感慨深いです。
-喜びの声を直接耳にできるのは嬉しいですよね。これまで多くの取材をされてきたと思いますが、特に印象的だったことがあれば教えていただけますか?
高津小学校での花火大会です。当時はまだコロナ禍で、学校行事も地域行事も軒並み中止となっていたとき、保護者さんが子どもたちのためにと花火大会を計画されたんです。30分程度の小さなイベントでしたが、イベントまでの葛藤や苦労、花火を見た子どもの笑顔、どれも本当にドラマティックでした。だからこそ、編集作業はイベント概要をテロップで加える程度にとどめて、撮ったものをそのまま流すことにしました。それだけで、本当に綺麗な番組として成立したんです。あれは印象的でしたね。
-ここ数年で、新型コロナウイルスの影響など、社会にもいろいろな変化がありましたね。
そうですね。情報を発信することが仕事なのに、発信することがなくなってしまうのは、私個人にとっても、会社にとってもとても辛い経験でした。ですが、それが転機にもなったんです。ウェブ配信への注目が高まり、新しい形の依頼が増えたんです。
発端は、吉田小学校の運動会でした。大規模校ですし、密を避けるため、児童一人につき保護者一人という参加制限を設けていたんです。でもやっぱり、家族皆で応援したいじゃないですか。それで、運動会のオンライン配信の話がひとまろビジョンに舞い込んだんです。前職の経験から私が担当になりました。
その配信が好評で、学校の学習発表会や部活動のコンサート等の配信依頼が一気に増えましたね。遠方だったり、出かけにくかったり、そういう保護者さんのニーズと合致したのか、今でもそういうお仕事をいただけるようになりました。
-いろいろな事情で学校行事に出かけにくい方にとっても喜ばれるサービスだと感じますし、それを地域のケーブルテレビが担うというのは素敵な連携ですね。これまで益田市内様々なところを取材されてきたと思いますが、古瀬さんの感じる益田の魅力はどういうところにありますか?
人と人との距離が近いところでしょうか。取材をしているときに「3年前くらいから知り合いでしたっけ」と錯覚してしまうほど(笑)
前向きな人が多いのも感じますね。益田が好きだと語る姿も多く取材してきました。UターンにしてもIターンにしても、「帰って良かった」とか「益田が良いんです」とかそういう言葉を口にする人が多い。これって益田のすごいところだと思います。
-いろいろなところでお仕事をされてきた古瀬さんだからこそ感じることですね。
高校生リポーターとのやりとりが見どころ「高校生カケル」
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-ここからは、古瀬さんがサポートしているプロジェクト「高校生カケル」についてお話を伺いたいと思います。始まった経緯を教えていただけますか?
「高校生カケル」は、取材先の選定から動画の編集までほとんどの工程を高校生が行う、番組制作プロジェクトです。高校生が益田市内の人やもの、お店、イベントなどを取材し、高校生目線から魅力を発信するんです。
きっかけは、ミライツクルプログラム(※当時、益田市教育委員会が実施していた、高校生と益田市内の大人が出会い、一緒に体験活動をするプログラム)で番組制作のプログラムを担当したことでした。その時に高校生と交流を持ったことがきっかけで、「高校生がつくる番組があったら面白いのではないか」という話が持ち上がり、やってみることに。最初のうちは、どこまで自分がリードしたらいいんだろう、と戸惑うこともありました。でも、実際に動き出してみると、思った以上に高校生たちが主体的で、取材先の選定や取材のアポ取り自分たちでどんどん進めていくんです。高校生の積極性に、驚かされましたね。
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-番組をご覧になる地域の方に、特に注目してほしいポイントはどこですか?
高校生リポーターと取材対象の方とのやりとりですね。私たち大人が取材するのとは違う良さがあります。フレッシュな感じも、ちょっとたどたどしいところも高校生らしさがあるし、大人が思いつかないような切り口から質問が飛ぶこともあって、見ていて面白いんです。
また、取材対象の方も、カメラを向けると身構えてしまうという人も多いと思いますが、高校生が間に入ると緊張がほぐれるんですよ。それも大きなポイントです。取材を受ける人が自然に笑顔になっていって、楽しそうにいろいろ話してくれる。やっぱり高校生が関心をもって話を聞きにきてくれた、というのが嬉しいんでしょうね。そういう意味で、取材した地域の方の姿はもちろん、インタビューをしている高校生の姿にも注目して見てもらえると嬉しいです。
-ありがとうございます。高校生がインタビューするからこそ引き出せる言葉や表情があるというのも番組の魅力なんですね。
「映像に語らせる」番組作りを目指して
-古瀬さんご自身の番組制作についてもお話を伺いたいです。こういう番組を作っていきたい、こういう姿勢で仕事をしたいというビジョンについて教えていただけますか?
そうですね、究極の理想を言うと、映像だけで全てを語れるような番組を作りたいですね。NHKで「ノーナレ」というドキュメンタリーがあって、その名の通りナレーションが一切無いんです。番組を見るというより、その場所に居合わせているような感覚になる。それを見たときにすごく良いと感じて、自分もそういう番組を作りたいと考えるようになりました。でもこれが難しいんですよね。ナレーション無しだと、見る人が置いてけぼりになる恐れもある。だからこそ撮影段階で、現場の様子がしっかり伝わる情報をカメラに収めないといけない。今はそういったことを模索している最中ですね。
-ナレーションがないことで臨場感が増すんですね。古瀬さんのお話を聞いた上でひとまろビジョンを見ると、新しい発見がありそうです。
あと、これは番組を作る過程の話になりますが、手間を省けるところは省き、効率化を図るにはどうしたらいいか、そういうことをいつも考えています。たとえばテロップも、昔は耳から聞いて手作業で文字起こしをしていましたが、今ではAIがやってくれる。こういったものをうまく取り入れて番組を作ることは、若い世代の働きやすさにもつながると思うんです。テレビ番組を制作したいという若い人がいたときに、自分が昔習った通り、やってきた通りに教えるのではなくて、時代に応じて効率化した方法で引き継ぎたい。仕事のやり方を整備して、通りやすい道にしてあげたいな、と思っています。
-次の世代のことも大切にしていらっしゃるのが伝わってきました。
ケーブルテレビの力で県内各地の距離を縮めたい
-最後にこれからのことについて教えてください。今後のお仕事でもっと発信したいことや実現したいビジョンがあればお聞かせいただけますか?
県内ケーブルビジョン局同士のつながりを大切にして、出雲・石見・隠岐という3エリアの情報がもっと行き交うような番組を作っていきたいと思っています。
私は松江市出身で、ひとまろビジョンに入社するまでは益田市のことをあまり知りませんでした。逆に益田市では松江市のことがあまり知られていないことも多い。島根県は東西に長く、離島もありますから、自分が住むエリア以外にはあまり行かないしよく知らないというのが現状ではないでしょうか。だからこそ、ケーブルテレビ局同士で連携を図って、違うエリアのことをもっと身近に感じられるような取り組みをしてみたいですね。
実は、島根県のケーブルテレビ局って、他では見られないくらいに仲が良いんですよ。他の局が作った番組を流す、というのはよくある話ですが、島根県のケーブルテレビって一緒に中継することもあるんです。高校野球の秋の大会が代表的ですね。県下のケーブルテレビが集まって一緒に番組作りをするというのは本当に珍しくて、よく県外の方から驚かれます。だから、こうした連携を一層強め、今以上に益田の情報を松江で流してもらったり、ゆくゆくは松江のケーブルテレビの人を益田に呼んで番組を作ったり、そういうことをやってみたいですね。
-島根県のケーブルテレビ事情、知りませんでした!そんなに連携ができているなら、局を超えた番組作りも実現しそうですね。貴重なお話、ありがとうございました!
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