2021年3月31日 (水)

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”当たり前”の風景に眠る宝物たちに囲まれて

益田20地区巡る 匹見下地区編

昔ながらの集落ごとの里山風景が見られる匹見下地区。

その地域の中でも、匹見川沿いの古民家に家族で移住し、自然の中で生活を営む家族のお母さん、湟川(ほりかわ)千恵さん。

「夏はクーラーがないので、朝昼晩と川に涼みに行くのが我が家の日常。ご飯はできるだけ自分たちが作ったものを子どもに食べさせたい…とこちらに移住しました。」

夫の満正さんは、益田出身。川や海に囲まれた子ども時代を過ごした満正さんに勧められた形で決まった田舎暮らしだったため、当時千恵さんには不安もあったそう。だが、徐々に暮らしを通じて自然の価値を体感していったという。

「私達の暮らしを支えてくれる匹見の宝物を、今度は伝えていきたいです。」

そんな想いのもと、現在は地域の歴史的な木工業に携わる職人としての一面も持つ、千恵さんにとっての暮らしの軸、そしてこれからの展望とは。

「なるべく自分たちが作ったものを食べさせたい」都会での違和感から匹見へ

湟川夫婦にとって、元々共通の関心に”食”はあったものの、移住前住んでいた都会では、お互いが納得できるような食生活の実践は難しかったそう。

特に子どもが生まれてから、自分たちのためだけではなく子どものためにどういった環境で暮らすかを考え直した際に、田舎への移住を提案したのは夫の満正さん。

「何かに縛られずに、本当に自分たちが楽しめる生活がしたかったという気持ちが大きかったです。だから誰も身寄りのいない土地を選ぼう、という決断に至ったのですが…。」

手始めに、”川沿いの畑がついた家”という条件で各地の空き家BANKサイトで家探しをしたところ、最も満正さんに響いたのが匹見下地区にある現在のご自宅だったそう。

とはいえども、千恵さんにとっては完全に未知の暮らしと環境。

「不安もあり、ちょっと行きたいような行きたくないような…。 

正直行きたくないほうが大きかったくらいでしたが、私だけの人生ではないですし、夫が『自分がやってきたことを子どもにやらせたい』とずっと言っていて。そこまで言うなら…という感じで、思い切って移住に踏み切りました。」

広がっていった可能性を暮らしの中でデザイン

 

「移り住んだ初めはとにかく毎日、川に入って山に登って、と遊びまくりました。私にとっても何もかもが珍しくて初めてのことばかりだったので、子どもたちと同じように新鮮な気持ちでした。」

そう過ごす中で、次々とやりたいことが湧いてくるのにはあまり時間がかからなかったそうだ。

例えば、周りになっている木の実をお菓子や料理に使ってみたり、野草について勉強して、お茶を作ったり。更には、鶏を飼い始め、薪ストーブを取り入れることにもなった。

住んで2年目からは、敷地内の田んぼで米を育てたいという夢も、「やってみるか?」と大家さんに声をかけてもらい、実現した。

こうして、自分でなんでもかんでも作るという思い描いていた理想像が少しずつ明確になり、現実のものになっていく。

 

広島で団地に住んでいた頃は、子どもも多く、無意識に周りを気にして比べないと生きていけない感じがありました。

けれどこちらに来てからは、最初こそ人が恋しくて仕方なかったけれど、次第にこっちのほうが楽だと気づきました。

きっとそれは、余計に比べたり欲しがったりをあまりせず、今目の前にあるものに感謝する気持ちを親子共々持てるようになったからかなあと。

この宝に恵まれた匹見では、私もそうですが、子どもたちが一番学んでいるのだと思います。」

このように家族全員で『自然の中で暮らしたいように暮らす』という暮らしの、家族の在り方の自由さは、地域に根付く助け合いの精神の下に成り立っているのだと、千恵さんは話す。

「初めは分からなかったけれど、後になって、実はみなさん気にかけてくださっていたということを知りました。やる気のある人や何かやろうとしていることが分かると、すごくみなさん協力してくれるんですよね。

特に地域の人達とぐっと距離が縮まったきっかけになったのは、”食”が共通ワードでした。『味噌作るなら道具貸すよ』って助けてくれたり、そんな関係を築かせてもらえていることに感謝しています。」

地域に眠る価値を伝える

暮らしの中で、地域にある宝を見つけていった千恵さんに訪れたもう一つの出会い。それは匹見の歴史的な”第三林業”、「森の器」だった。

匹見地域一帯の森林と地域との共存は、第一産業としての林業に長きに渡って支えられてきた。その上で、より価値の高い加工品の制作を通じて森林資源の有効利用を促進するため、「森の器」は立ち上げられた。

この匹見町全体が関わった大きなプロジェクト。元々は、林業をする人が副業として携わるよう設計されていたそうで”男仕事”として捉えられていたが、最近になって女性へも門戸が開かれた。

まさにその第一人者が、千恵さんの娘さんが通う小学校のお母さん友達。その方に、千恵さんも誘ってもらったという。

「匹見に来るまでは、子ども3人がそれぞれ3つ違いなので働くタイミングがなく、ずっと専業主婦でした。

ブランクも長いし仕事ができるかどうか不安だったけれど、せっかく匹見にいるから匹見らしい仕事をやりたい!という興味が勝ち、研修生にならせていただきました。」

しかし実際には、ろくろ機で木を回して、自分で刃を当てるような体力・精神的にハードな作業。1年間の研修制度を乗り越えた時点では職人としての更なる上達を目指しつつ、この「森の器」というものの価値を伝えたいと強く思うようになる。

元々は卸業中心で経営しており、市場に出回ることがなかった製品だった。

匹見以外の益田市の人の中では認知度が低かったが、市内で企画展を実施したり、お店においてもらえるような営業活動などを千恵さんがけん引していくようになる。

そうするとどんどん反響が大きくなるのを感じたそうだ。

「その価値がきっと目に見えないから興味が持たれていなかっただけで、伝え方次第で共有できるものなのだと発見がありました。」

 

長い歴史の中で、人々の生活を守ってきた自然の財産。

日々の暮らしや森の器の職人としての体験を通じて、匹見に眠る価値を肌で感じた千恵さん。

「ずっとこの地域に住む方たちの”当たりまえ”の暮らしから、学ぶことがとにかくとても多いです。私達が目の当たりにした身の回りに溢れる価値を、あくまで自分たちができる範囲で、伝えていくなど、やれることを探していきたいと思います。」

取材:一般社団法人 豊かな暮らしラボラトリー
文責:益田市人口拡大課

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