2024年2月14日 (水)

仕事,働くひと地域づくり

人生の転換期は福祉に携わったこと

今回ご紹介するのは、児童自立生活援助事業所雪舟ホーム(以下「自立援助ホーム」)の施設長を務める関口晃司さんです。

普段は自立援助ホームの運営のみならず、多数の福祉機関に関わりながらご活躍されています。今回は、運営されている自立援助ホームだけでなく、小規模住居型児童養育事業(以下「ファミリーホーム」)や保護司の活動についてもお話を伺いました。

―本日はよろしくお願いします。元々益田のご出身でしょうか。―

関口晃司です。現在は吉田地区に住んでいますが、生まれは匹見町の紙祖というところでして、高校に進学する時に初めて匹見町を離れて益田市内で寮生活をしました。高校卒業後は、就職を機に地元を離れて名古屋で生活をしていました。

―益田市にはUターンされたのですね。戻ってくるきっかけを教えていただきたいです。―

名古屋で生活をした後に大阪に引っ越しをしたのですが、引っ越してからひと月ほど経った時にテレビを見ていると、地元の匹見町が台風の被害にあっている状況が映されていました。その映像がきっかけで地元が気になり、久しぶりに戻ってきました。

―ご実家は大丈夫でしたか。―

幸いにも自宅の周りは被害が少なかったです。また都会に戻ろうかと考えてはいましたが、しばらくは知り合いのお店で働きながら匹見町で生活を送っていました。そうして月日が流れていくとなんとなく都会に戻るのも面倒になって、そのまま地元で生活をすることになりました。

その後は、匹見町で就職活動を行い金融機関に勤めることが決まりました。平成25年まで約20年間同じ会社に勤めたのですが、その間、機関の合併もあり、勤務先が匹見町だけでなく益田市や、旧日原町になることもありました。 そして、前職を退職後に自立援助ホームの運営を開始しました。

―金融機関から福祉機関に変わったきっかけは何だったのでしょうか。ー

結婚をした時に里親の説明を聞きに行く機会があったので、妻と一緒に行ってみました。

里親の制度の対象となる保護者のいない子どもや虐待などにより家庭で養育ができない子ども達の中には、例えば親子とも障害を抱えていることが原因のケースもあり、受け入れる大変さについても説明を受けました。当時、自分自身は受け入れる難しさを感じていましたが、一緒に説明を聞いていた妻が里親を求めている子ども達のために受け入れたいと火がついたことがきっかけで養育里親を始めることになりました。

―夫婦が子どもを育てたいという思いから受け入れるというケースが多い印象を受けるのですが。―

自分たちが行ってきたのは養子縁組里親ではなくて養育里親の方です。実際の所、親となって子どもを育てたいという動機よりも、子ども達のためにできる事をしたいという動機から里親になる方達が多いです。

―勉強になりました。里親の受け入れは現在もされているのですか。―

最初は里親制度という国の制度で受け入れを行っていたのですが、この制度では受入人数は最大で4人までと決まっています。その制度とは別にファミリーホームという国の事業があります。この事業では最大で6人まで受け入れることできるため、現在はファミリーホームとして受け入れを行っています。

―現在の受け入れ状況を教えていただきたいです。―

現在は5歳~大学4年生までの年代の5人を受け入れており、一緒に生活をしています。 島根県内にファミリーホームは2か所しかなくて、その中でも一般の受け入れを実施しているのは自分の所だけなので、市内だけでなく県内の受け入れにも対応しています。

【ファミリーホームのお庭】

―ファミリーホームという事業があることを初めて知りました。自立援助ホームではどういったことをされているのですか。―

自立援助ホームの方は、義務教育終了後の15歳~20歳(状況によって22歳まで)まで最大で6人までの受け入れを行うことができ、こちらは県内で唯一の事業所になります。

ファミリーホームとは徒歩圏内ですが別棟で行っており、現在は2人の受け入れを行っています。また、ファミリーホームと比較して自立援助ホームで受け入れる子ども達には、障がいを抱えている子ども達が比較的多い状況にあります。

―受け入れている子ども達はどういった生活をされているのですか。―

ファミリーホームで受け入れている子ども達は、基本的に日中は学校に通っています。また、自立援助ホームで受け入れている子ども達の中には日中に学校に通う子もいますが、仕事に行く子達もいます。 義務教育期間は一定の行政支援等がありますが、義務教育を終了した後の支援先の数が少ないので、このような生活の場が今後増えていくと嬉しいと思っています。

―次は、保護司としての活動についても教えていただきたいです。―

保護司の活動は仕事の関係で声がかかったことがきっかけで、平成27年に益田地区保護司会に加入して現在は事務局も担っています。

全国的に保護司の担い手不足は問題になっていて、定数割れの地域も多いですが、益田地区の保護司の定数は66人(内訳:益田市44人、鹿足郡22人)に対して現在は67名が保護司として登録されており、常に定数を満たしています。

―益田は保護司の担い手が多いのですね。―

現在は定数が満たされていますが、保護司は75歳で定年となるため、あと5年経つと13名の保護司が定年を迎えることになり、後継者問題を感じています。

―後継者問題の取り組み等はされているのですか。―

特に中山間地域においては犯罪の発生も少なく、保護司になったけど10年たっても活動経験がないという方も出てきます。そのため、益田地区は県内で初めて1件の対象者に対して複数担当制の取り組みを開始しました。ベテラン保護司の活動に新人の保護司が一緒に対応できる体制を構築したことで、新しく保護司になった方の不安の軽減や育成にも繋がっています。

―いきなり一人で対応するのは大変ですよね。益田地域の対象者数はどのくらいですか。―

現在益田地区では、保護観察(仮釈放者、保護観察付執行猶予者等)が9件と環境調整(出所後から保護観察となるまでの期間)が6軒の併せて15件の対象者がいます。

―関口さんが担当になっている対象者もいるのですか。―

はい。常に2~3人の担当をしています。

―多いですね。保護司として対象者に対してどういったことをされているのですか。―

対象者が再び犯罪を起こすことがないように、1人の対象者に対して面談の実施を月に2回継続的に行っています。また、益田地区更生保護協力雇用主会(現在県内約200社の内、益田地区は48社が加盟)に保護司から連絡を行い、面接の実施に繋げ、対象者が雇用を得て自立して生活ができるようにサポートしています。

―保護司をしていてやりがいなど感じることはありますか。―

たくさんの対象者と関わってきた中で、更生に繋がることは少ないですが、衝動的な感情の高ぶりで犯罪をしてしまうというのは抑えることができているのではないだろうかと思っています。対象者に保護司が関わってきたことで、再犯の抑制に貢献できていると感じます。

また、今は保護司の情報がオープンになっていますが、元々は誰が保護司をしているのか隠されていました。情報がオープンになったことで、保護司が対象者の家に訪問すると、どの家に対象者が住んでいるのか近所の人たちに気付かれてしまうというデメリットもあります。ですが、益田のいいところは、いい意味の田舎で対象者が誰なのか分かっても近所からの批判がでないことです。都会などは近所からの声が強く、そこに住み続けることができないことはよくある話なので、そういった寛容さが益田にはあるということに気付くことができました。

―都会にはない顔の見える関係性があるからなのかもしれないですね。保護司の活動がこうなったらいいなと思うことはありますか。―

対象者に対してただ保護司が関わるだけでなく、地域で見ていく体制づくりが大切だと考えています。保護司会からも積極的にそういった体制づくりができるよう、関係機関にアピールもしていきたいと思います。

―お話を聞くと日々忙しさに追われながら生活をされているなと想像するのですが、息抜きのような時間はありますか。―

当初、保護司の事務局では記録係として会議の様子を撮影していました。当時、室内の写真がうまく撮れなかったので、どうやったらうまく撮れるか研究してみると、少しずつカメラの仕組みが理解できて今では沼にはまっています。

出張の時などにもカメラを持ち歩き、写真を撮るのですが、写真を撮るときだけは構図だけに集中できて没頭しています。

―カメラはすごく奥が深いというのは耳にします。撮られた写真はどうされているのですか。―

以前、全国のプロも参加できる音楽の教科書に掲載される写真の公募に応募した際、採用される5枚の写真の内、2枚が採用されたこともありました。

―すごい腕前ですね。その写真見せていただけたら嬉しいです。―


幼少期にいつも遊んでいた匹見川【曲:ふるさとにて採用】

保護司をしなかったら、見つけることができなかった趣味だと思うので、そういった意味でも保護司に関われてよかったなと思います。

―お聞きした活動を通して、自分自身変わったなと思うことがありますか。―

元々、自分自身は福祉に携わる様な人間ではなかったですし、できれば関わりたくないと思う人間でした。

福祉に携わるようになり、保護司については非常勤国家公務員ですので、以前と比べて社会的責任感は強くなったと思います。また、犯罪をした人の家に訪問することは誰も率先してやりたいようなことではないですが、社会の中で誰かがやらなければいけないことなので、担い手が少なくなっている中で、自分が辞めるという考えになることもないです。 これまで里親に関連することや保護司に関連すること等、福祉に携わったことで、一般の人が経験できない日常を沢山味わえていると思っています。慌ただしいことも多いですが、その分楽しいなと感じることも多いです。

グラントワの桜【曲:春にて採用】

―最後に今後の目標を教えて戴きたいです。―

夫婦で専門里親(虐待を受けた子どもや障害のある子どもなど、専門的な援助を必要とする子どもを養育する里親)として2か所で受け入れをしているので、夫婦で一緒にいる時間が少ない状況です。夫婦の時間も大切にしたい気持ちがあるので、いつか今行っていることすべてが一つの建物でできたらいいなと思っています。

―貴重なお話ありがとうございました。―

文責:福祉総務課

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