2021年2月3日 (水)

仕事,UIターン者サポート宣言企業仕事,働くひと

デザインで人々の暮らしを豊かに

UIターンサポート宣言企業 社員紹介 
株式会社石見造園 河野 一輝さん

美都出身で高校まで益田で過ごした河野さん。
専門学校進学と同時に益田を出た後、約5年前にUターン。現在、益田でお子さんを育てる一人の親でもある河野さんにお話を伺いました。

“好き”との出会いは自分の部屋で

河野さん 昔から図工やものづくりが好きだったのですが、高校で初めて自分の部屋をもらったんです。そしたら部屋の模様替えにハマり、お小遣いで小さなソファを買って、自分の好きなように部屋をつくっていました。

自由自在に部屋をつくる楽しさに気づき、インテリアコーディネーターに興味を持ちます。

河野さん インテリアコーディネーターの仕事内容を調べてみると、ホテルなどのインテリアコーディネートをできる人は多くはなく、大手住宅設備メーカーのショールームに立っている方がメインだとわかりました。ただ、それはあまり面白くないと感じ、建築の設計を目指そうと思い、益田市内の高校から広島にあるインテリアデザインの専門学校へ進学しました。
そして、卒業後に広島の建設会社で現場監督として働き始めました。

時間が経つから生まれる価値に気づいた

住宅工務店の現場監督として、1年働いた後に退職を決めた河野さん。
なぜ、1年で退職することになったのでしょうか。

河野さん 私は設計部分に関わりたかったのですが、現場監督は、出来上がっている設計図を図面通りに仕上げていく仕事でした。すると次第に、設計部分に携わりたいという思いが強くなりました。

ただ、建築の設計は法律の制約や自由度が少ないと思い、この先どうしようか迷っていたときに友人がこの会社を紹介してくれました。
そして、社長から「設計をさせてあげる」とお話しいただきました。造園業は、自由度が高いイメージがあったので、ここで働くことに決めました。

造園業に関わり始めて5年ほど経過した今、
それまで関わっていた建築とのやりがいの違いを河野さんはこう語ります。

河野さん 建築と造園では価値観が逆なんですよね。
家を建てると、メンテナンスをしたとしても時間が経つにつれて価値が下がっていく。どれだけ頑張っても維持なんです。

一方で、庭は手入れをかければかけるほど、魅力が増していきますし、時間が経っていることが価値です。手をかければかけるほどいいものになっていくところに豊かさがあると感じるようになりました。

固定概念を外した先にモノの可能性が広がっている

石見造園は普段、造園工事、外構工事といった「工事」と庭の手入れや草刈り・剪定といった「管理」を行っています。
その中で、造園の設計を行っている河野さんに印象に残っている現場について伺いました。

河野さん お客さんからある程度デザインを任された現場が印象に残っています。
造園の設計はお客さんの要望を大事にしなければいけないのですが、その現場は自分の色を出すことができ、その庭のコンセプトを自分で決めました。庭のコンセプトを考えるときに、考えれば考えるほどアイデアやヒントが出てきて、その中から石が浮いているかのように見える庭のデザインが思い浮かびました。

専門学校で学んだことや仕事外の時間に思い浮かんだアイデアを活かすことができたので、嬉しかったですね。

店舗物件の庭を手掛けたかったと話す河野さん。
仕事で心がけていることについて伺いました。

河野さん お客さんが「こうしたい」と言われたときに、そのデザインのメリットだけでなく、デメリットを伝えるようにしています。お客さんは自分たちで出来ないからこそ、私たちに頼んでいますし、ほぼ初めて庭を造る方がほとんどなので、持っている知識で手助けをしたり、デメリットも伝えることは私たちの義務だと思います。

一方、お客様のアイデアを形にするデザイナーならではの苦悩もあるといいます。

河野さん 入る前に想像していたより、設計は自由だけじゃできない仕事だと感じていますが、とにかく人を「おー」と言わせるものをつくりたいですね。街を賑やかに、人の暮らしをより豊かにする庭を生み出していきたいです。

離れても地元を想う暮らし

益田にUターンしてから結婚、子育てと仕事以外でも変化の大きい時期を過ごした河野さん。お子さんを育てる一人の親でもある河野さんに、暮らしの面でもお話を伺いました。

河野さん 実は今住んでいるのは益田市街なんです。子どもが生まれてどこで子育てしようか考えた時、一緒に過ごす子どもの数が多い方がいいと思って、生まれ育った美都から引っ越しました。

そんな決断の裏には、少なからず葛藤もあったそうです。

河野さん 地元のことを思えば、本当は美都で子育てをしたかったんです。自分が中学生の頃に比べると子どもの数も減ってきているし。でもそれは子どものためではなくて、親のわがままかもと思ったりして。

ただ、美都に住んでいた時、地域で活動している人が多くて。そういう元気な人が多かったり、自然が豊かなところも魅力的だから、働くという関係で故郷に関わり続けています。

最後に、一度益田を離れた河野さんが感じる益田への思いと
これからのビジョンについてお話しいただきました。

河野さん ここで学べることも多いですが、30代〜40代になって外で学びたいとなったら遅いと思い、若いうちに出ようと考えて広島で学びました。益田を出ないと学べないことや出会えない出会いがありましたが、知識を学んで益田に戻ってきたら、いろいろなことで活躍ができるなと感じます。

専門学校のときはエクステリアを学んでいませんでしたが、
この会社で経験を積んでいく中で、今後はどれだけ生活に近い庭を作れるかが大事だと思うので、自分なりに頑張っていきたいです。

取材:一般社団法人 豊かな暮らしラボラトリー
文責:益田市人口拡大課

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